数字を把握したら、次は現場を見ましょう。前回の記事では売上とコストの見方をお伝えしました。しかし数字だけでは「なぜその数字になっているのか」がわかりません。今回は、温泉旅館の日常業務を棚卸しして、改善ポイントを見つける方法をお話しします。
社長のずんだ餅と、現場の話
ある日の午後、社長が出張土産のずんだ餅を持って戻ってきた。
「仙台で買ってきたぞ。みんなで食べてくれ」
ハナコが嬉しそうにずんだ餅を口に入れたタイミングで、田中さんが来社した。3回目の相談だ。
売上とコストの数字は一通り整理できました。次は「現場を見ろ」と言われていたので来たんですが、具体的にどう見ればいいんでしょうか。毎日バタバタしていて、何がどうなっているのか正直つかめていません
田中さん、それは当然のことですよ。旅館の業務は、前のオーナーの頭の中にしかないことが多い。書類にはなっていないけれど、長年の経験で回っていた仕組みがたくさんあるはずです
業務フローの棚卸し:チェックインからチェックアウトまで
業務フローの棚卸しは、お客様の動線に沿って見るのが一番わかりやすいです。温泉旅館の場合、「予約→到着→チェックイン→客室案内→食事→入浴→就寝→朝食→チェックアウト」という流れがあります。この流れの裏側で、従業員が何をしているかを書き出していくんです
温泉旅館の業務フロー(表の業務と裏の業務)
| お客様の動き | 表の業務(接客) | 裏の業務(準備・管理) |
|---|---|---|
| 予約 | 電話応対、OTA確認 | 予約台帳入力、部屋割り、アレルギー確認 |
| 到着・チェックイン | お出迎え、記帳案内、お茶出し | 客室準備、布団敷き、空調確認 |
| 夕食 | 料理説明、配膳、飲み物提供 | 食材仕込み、調理、食器洗浄 |
| 入浴 | 大浴場の案内 | 湯温管理、清掃、タオル補充 |
| 朝食 | 配膳 | 朝食仕込み、前日食器片付け |
| チェックアウト | 精算、お見送り | 客室清掃、リネン回収、忘れ物確認 |
こうして見ると、お客様には見えない「裏の業務」がものすごく多いですね。予約台帳の入力なんて、うちはまだ紙でやっていて・・・
紙の台帳がダメだとは限りませんよ。大事なのは「なぜ紙でやっているのか」を知ること。前のオーナーがそうしていた理由があるかもしれない。システム化するにしても、まず現状を理解してからです
差別化ポイントを見つける
業務フローを書き出すもう一つの目的は、「この旅館ならではの差別化ポイント」を見つけることです。他の旅館と同じことをやっている業務と、この旅館だけがやっていることを区別するんです
うちの旅館は、チェックイン時に女将が自ら抹茶を点てていたらしいんです。前のオーナーの奥様が茶道をやっていて。でも今は奥様が引退されたので、お茶はペットボトルになっています
それは見逃せない情報ですね。口コミに「チェックイン時のお抹茶が嬉しかった」という声があったなら、それは顧客が認知している差別化ポイントです。オーナーが変わったからといって、すぐやめるべきではない。代わりの方法を考えるべきです
業務フローの棚卸しで見つかる差別化ポイントの例をいくつか挙げます。
- 料理:地元の農家から直接仕入れている食材はないか。料理長の独自レシピはないか
- 温泉:源泉かけ流しか循環か。泉質に特徴があるか。貸切風呂の運用はどうなっているか
- 接客:常連客への特別な対応(部屋の好み、食事の好み)を誰が覚えているか
- 立地・景観:部屋からの眺望、季節ごとの見どころ、周辺の散策路
もしこの差別化ポイントを把握せずに「効率化」を進めたらどうなるか。たとえば、常連客の好みを覚えていた仲居さんが辞めてしまい、その情報が失われる。あるいは、コスト削減のために地元農家からの仕入れをやめて卸業者に切り替えたら、「地元の食材が自慢」という口コミの強みが消える。業務フローの棚卸しは、「何を変えてよくて、何を変えてはいけないか」を見極めるためにおこなうのです。
商流を整理する:仕入先との関係
もう一つ忘れてはいけないのが「商流」の把握です。どこから何を仕入れているか。なぜその業者と取引しているか。前のオーナーとの人間関係で続いている取引もあるでしょう
商流の棚卸しで確認すること
- 食材の仕入先:卸業者か、地元農家・漁師からの直接仕入れか。契約条件は
- リネン業者:シーツ・タオル・浴衣のリース先。品質と価格のバランス
- 設備業者:ボイラー、配管、エレベーターの保守点検先。緊急対応は誰に連絡するか
- OTA(予約サイト):じゃらん・楽天トラベルとの契約条件。手数料率は何%か
- 旅行代理店:団体客を送ってくれる代理店はあるか。契約条件は
設備業者のことは全然把握していませんでした。ボイラーが壊れたらどこに電話すればいいのか、今の私にはわからない。それは怖いですね
だからこそ、業務フローと商流の棚卸しは早い段階でやるべきなんです。前のオーナーに聞けるうちに、「誰に連絡すれば何が解決するか」の一覧を作っておく。これが引き継ぎの本質です
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棚卸しの進め方:3つのステップ
ステップ1:現場に入って1日の流れを観察する
最低3日間、自分で現場に立ちましょう。朝6時の朝食仕込みから夜10時の大浴場清掃まで。「何を」「誰が」「どの順番で」やっているかを、自分の目で見て書き出します。ITの世界でいう「要件定義」と同じ作業です。
ステップ2:従業員にヒアリングする
観察だけではわからないことがあります。「なぜこの順番でやっているのか」「過去にトラブルがあったから今のやり方に変えた」といった経緯は、長く勤めている従業員に聞くしかありません。特に料理長と番頭(フロント責任者)の話は必ず聞いてください。
ステップ3:書き出した業務を3つに分類する
- 守るべき業務:差別化ポイントになっている業務。変えてはいけない
- 改善できる業務:やり方を変えれば効率化できる業務。紙の台帳のデジタル化など
- 見直すべき業務:慣習で続いているが、もはや意味がない業務
ずんだ餅のあとで
田中さんが帰った後、ハナコはずんだ餅の最後の一つに手を伸ばした。
「社長、今日のアドバイス、すごく的確でしたね。『前のオーナーに聞けるうちに聞け』って」
社長が微笑む。「ずんだ餅も同じだよ。作った人に聞かないと、あの食感は再現できない」
ヒデコが呆れたように笑った。「・・・それ、毎回食べ物で例えるのやめません?」
まとめ
- 業務フローの棚卸し:お客様の動線に沿って「表の業務」と「裏の業務」を書き出す
- 差別化ポイント:「この旅館だけがやっていること」を見つけ、守る
- 商流の整理:仕入先・設備業者・OTAとの取引関係を一覧化する
- 前のオーナーへのヒアリング:書類にはない「暗黙知」は聞けるうちに聞く
- 3分類:守るべき業務、改善できる業務、見直すべき業務に分ける
この記事は「温泉旅館のPMI」シリーズの第3回です。次回は「経営方針から従業員まで、旅館を4つの視点で診る」をお届けします。経営理念の継承、事業の歴史、市場環境、そして従業員のことをどう把握し、M&A後の経営に活かすかをお話しします。
※この記事は、中小企業庁「中小PMIガイドライン」に掲載されている「PMI分析ワークシート(定性分析①)」の考え方を、温泉旅館向けにわかりやすく解説したものです。
