温泉旅館を引き継いだら、まず数字を見ましょう。前回の記事(温泉旅館のPMIとは?)で「M&Aの目的を言語化する」ことが最初のステップだとお伝えしました。今回は、その次のステップ「売上とコストを数字で把握する方法」を、30部屋の温泉旅館を例に具体的にお話しします。
ヒデコ先輩のチーズケーキと、数字の話
午後3時。ヒデコが駅前のカフェで買ってきたチーズケーキを切り分けている。
「ハナコ、半分あげるわ」
「えっ、いいんですか! ありがとうございます!」
ハナコがフォークを手にした瞬間、田中さんから2回目の電話がかかってきた。
前回のアドバイスどおり、M&Aの目的を書き出しました。次は数字を見ろとおっしゃっていましたよね。ただ、前のオーナーからもらった決算書を見ても、どこに注目すればいいのかわからなくて
決算書を1年分だけ見ても、旅館の実態はわかりません。まず、過去5年分の売上推移を並べてみてください。コロナ前、コロナ中、そして回復期。この3つの時期の数字を比べると、旅館の「地力」が見えてきます
売上を分解する:「稼働率 × 客単価 × 部屋数」
売上の総額だけ見ても判断はできません。温泉旅館の売上は「客室稼働率 × 客単価 × 部屋数 × 365日」で分解できます。田中さんの旅館は30部屋ですから、部屋数は固定。動かせるのは稼働率と客単価の2つです
30部屋の温泉旅館、売上の分解例
| 指標 | コロナ前 | コロナ中 | 直近 |
|---|---|---|---|
| 客室稼働率 | 65% | 25% | 50% |
| 客単価(1室あたり) | 25,000円 | 22,000円 | 24,000円 |
| 部屋数 | 30 | 30 | 30 |
| 年間売上(概算) | 約1億7,800万円 | 約6,000万円 | 約1億3,100万円 |
※年間売上 = 稼働率 × 客単価 × 30部屋 × 365日で概算
こうやって分解すると、稼働率がコロナ前に戻りきっていないのが一番の問題だとわかりますね。客単価はほぼ戻っているのに
その通り。ここからさらに「なぜ稼働率が戻らないのか」を掘り下げます。予約経路別に見ると、じゃらんや楽天トラベルなどのOTA経由は回復しているのに自社予約が減っている、といったパターンが見えてくることがあります
売上を「いくら」ではなく「なぜその金額なのか」で見るということですね
収入の内訳:宿泊だけではない温泉旅館の売上
もう一つ大事なのが、売上の内訳を見ることです。温泉旅館の収入は「宿泊」だけではないですよ
温泉旅館の売上は、一般的に以下の項目に分かれます。
- 宿泊収入:客室料金+食事(1泊2食プランが基本)
- 日帰り入浴:地元客やビジネス利用
- 宴会・法要:地域の冠婚葬祭需要
- 売店・自動販売機:土産物、飲料
- その他:駐車場、貸切風呂、エステなど
うちの旅館は宴会が結構多いと聞いています。地域の法要や同窓会の需要があるらしくて
それは重要な情報ですね。宴会収入が売上の2割を超えている旅館は少なくありません。地域に根ざした収入源は安定性が高いので、むやみに削らないことが大事です。逆に、この強みをインバウンド客には提供できませんから、宿泊と宴会で顧客層が分かれていることを意識する必要があります
コストを見る:温泉旅館ならではの「固定費の重さ」
次にコスト側を見ましょう。温泉旅館のコストで知っておくべきことは「固定費の比率が非常に高い」ということです
温泉旅館の主なコスト項目
| コスト項目 | 性質 | 温泉旅館の特徴 |
|---|---|---|
| 人件費 | 固定費 | 売上の30%から40%。仲居・料理人・清掃・フロント |
| 食材費 | 変動費 | 売上の15%から20%。季節食材の仕入れが変動 |
| 光熱費 | 準固定費 | 温泉のポンプ・ボイラーで一般企業より高い |
| 修繕・維持費 | 固定費 | 温泉成分による配管腐食、畳・障子の張替え |
| OTA手数料 | 変動費 | じゃらん・楽天等の送客手数料。売上の8%から15% |
| リネン費 | 変動費 | シーツ・タオル・浴衣のリース・クリーニング |
光熱費がこんなに高いとは知りませんでした。IT企業では光熱費なんてほとんど気にしたことがなかったので
温泉旅館は24時間お湯を循環させていますから、お客様が0人でも光熱費はかかります。これが「固定費の重さ」の正体です。だからこそ、稼働率が収益に直結するんです
もしコスト分析をせずに経営を始めたら何が起きるか。たとえば「コスト削減」と聞いて真っ先に食材費を削ってしまうケースがあります。しかし30部屋規模の温泉旅館で食材費を10%削っても、年間で200万円程度の削減にしかなりません。一方で料理の質が落ちれば口コミ評価が下がり、稼働率が5%落ちただけで年間1,300万円以上の売上減になりかねません。数字を見ずに「なんとなく削る」ことの危険性がここにあります。
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数字を見るときの3つの視点
数字がたくさんあって混乱しそうなんですが、どこから見ればいいですか?
3つの視点で見てください。「トレンド」「構成比」「ベンチマーク」です
1. トレンド(過去5年の変化):売上もコストも、単年の数字ではなく5年間の推移を見ます。「増えているのか減っているのか」「その変化は何がきっかけか」を読みます。コロナの影響で売上が急落し、その後回復途上にあるのか。それとも、コロナ以前から徐々に下がっていたのか。後者であれば、構造的な課題があるということです。
2. 構成比(何にいくら使っているか):コストを総額ではなく「売上に対する割合」で見ます。人件費率が40%を超えていたら、人員配置の最適化を考える必要があります。逆に25%を下回っていたら、人手不足でサービスの質が落ちていないか確認します。
3. ベンチマーク(同規模旅館との比較):自分の旅館の数字だけ見ても「良いのか悪いのか」がわかりません。同じ東北地方の20部屋から40部屋規模の温泉旅館と比較して、稼働率や客単価が上なのか下なのかを見ます。観光庁の「宿泊旅行統計調査」が参考になります。
チーズケーキの誘惑
まず5年分の決算書を引っ張り出して、売上の分解とコストの構成比を出してみます。次は何を見ればいいですか?
次は「現場」を見ます。数字の裏側にある業務フロー、つまりチェックインからチェックアウトまでの流れを棚卸ししましょう。数字と現場を両方見て初めて、本当の課題が見えてきます
電話を切ったハナコが振り返ると、チーズケーキはまだそこにあった。
「よかった、まだあった・・・」
ヒデコが笑う。「数字もチーズケーキも、放っておいたら消えるわよ。早く手をつけなさい」
まとめ
- 売上の分解:客室稼働率 × 客単価 × 部屋数で見る。総額だけでは判断できない
- 収入の内訳:宿泊だけでなく、日帰り入浴・宴会・売店も把握する
- コストの特徴:温泉旅館は固定費比率が高い。お客様が0人でもコストは発生する
- 安易なコスト削減の危険:食材費を削るより稼働率を上げるほうが効果が大きい
- 3つの視点:トレンド(5年推移)、構成比(売上比率)、ベンチマーク(同規模比較)
この記事は「温泉旅館のPMI」シリーズの第2回です。次回は「温泉旅館の業務フローを棚卸し、引き継ぎの第一歩」をお届けします。チェックインから料理提供、客室清掃まで、旅館の日常業務をどう整理し、改善ポイントを見つけるかをお話しします。
※この記事は、中小企業庁「中小PMIガイドライン」に掲載されている「PMI分析ワークシート(定量分析)」の考え方を、温泉旅館向けにわかりやすく解説したものです。
