「旅館を売りたいと思っているが、何を伝えればいいのかわからない」——。
温泉旅館の売却をお手伝いしていると、ほぼ全てのオーナー様がこうおっしゃいます。旅館を売った経験のある方は、まずいらっしゃいません。初めてのことだからこそ、不安になるのは当然です。
この記事でわかること
- 温泉旅館の売却は、一般的なM&Aと何が違うのか
- 売却の全体像(6つのステップ)
- 個人保証・温泉権利・設備調査など、旅館ならではの落とし穴
- 買い手が「安心して購入できる」と感じる状態とは
温泉旅館の売却が「普通のM&A」と違う理由
中小企業のM&Aは年々増えています。しかし、温泉旅館の売却には、一般的な企業売却とは全く異なる難しさがあります。
まず、経営環境の厳しさです。自然災害、風評被害、感染症、国際情勢の不安定化――。温泉旅館の経営は、平和で安定した時代でなければ成り立ちにくい構造を持っています。新型コロナウイルス感染症の拡大による需要消失を受けて、債務超過に転落し、まだ返済しきれていない旅館は少なくありません。
次に、立地の問題です。後継者が見つからない温泉旅館の多くは、山あいの温泉地にあります。風光明媚と言えば聞こえは良いのですが、人材の採用が難しく、従業員承継も容易ではありません。
そして何より、温泉旅館ならではの複雑さがあります。温泉の権利、複雑な許認可、老朽化した設備の配管問題――。これらは一般的なM&A仲介会社では対応しきれない領域です。
私たちの経験から
山形県のとある山奥の宿泊施設では、無料でお譲りするという買い手にとって非常に有利な条件で10年以上募集をかけていますが、いまだに引き取り手が現れていません。温泉旅館の売却は、「売りたい」と思ってすぐにできるものではないのです。
温泉旅館の売却の流れ:6つのステップ
温泉旅館の売却は、大きく6つのステップで進みます。全体を先に知っておくことで、「次に何が起きるのか」という不安が和らぎます。
Step 1. まずは相談する(秘密厳守・費用ゼロ)
「何を伝えればいいかわからない」という状態で構いません。温泉旅館のM&Aに精通した専門家に、まず現状をお話しください。
この段階で費用は一切かかりません。また、ご相談いただいた内容が外部に漏れることは絶対にありません。地域の方に知られたくない、従業員にはまだ話せない——。そうしたご事情は当然のことです。
Step 2. 現状を整理する
旅館の経営状況、借入の状況、温泉の権利関係、設備の状態、従業員の体制などを整理します。
ここで最も重要なのが借入の個人保証です。温泉旅館の経営者の多くは、金融機関からの借入に個人保証を付けています。不動産鑑定士による旅館の評価額よりも、個人保証のついた借入のほうが大きい場合、売却は極めて難しくなるのが実情です。
新型コロナウイルス感染症の影響で債務超過に陥っている旅館も少なくありません。公認会計士や中小企業診断士によるデューデリジェンス(事業・会計・不動産についての詳細な調査)をおこなっても、値段がつかないケースもあり得ます。
ポイント
「値段がつかない=売れない」ではありません。個人保証の処理方法、金融機関との交渉、事業再生との組み合わせなど、専門家と一緒に整理することで道が開けるケースがあります。
Step 3. 旅館の価値を評価する
不動産鑑定士による不動産評価、中小企業診断士や公認会計士による事業・会計のデューデリジェンスを実施します。
温泉旅館の場合、ここで一般的なM&Aとは比べものにならないほどお金がかかることがあります。理由は明確です。
- 温泉権利の調査:温泉の権利を組合が保有しているケースが多く、辞めるときは一度組合に返還しなければならない地域もあります。権利関係の確認だけでも時間と手間がかかります
- 許認可の確認:旅館業法、風営法、消防法、食品衛生法など、複数の法令が複雑に絡み合っています。どの許認可をどう引き継ぐかの整理が必要です
- 設備・配管の調査:温泉旅館の建物は老朽化していること自体は問題ではありません。問題は、どこに何の配管が通っているかの図面が残っていないケースが普通にあるということです。給水・排水・温泉の配管を再調査する費用と時間を見込む必要があります
Step 4. 買い手を探す
旅館の価値が整理できたら、買い手候補を探します。
温泉旅館の買い手として想定されるのは、主に以下のような方々です。
- 既存の宿泊施設を拡大したい企業:複数館を運営するホテルグループや旅館チェーンなど
- 旅館業への新規参入を考えている事業者:異業種から宿泊業に進出したい方など
- 地域活性化に関心のある投資家・ファンド:観光地再生を投資テーマにしている方など
- 個人で旅館経営を志す方:脱サラや移住を考えている方など
買い手探しの方法も、一般的なM&Aとは異なります。M&Aのマッチングサイトに掲載するだけでは、温泉旅館の買い手はなかなか見つかりません。温泉地の組合や観光協会とのつながり、旅館業界の人脈など、業界固有のネットワークを持つ専門家の力が欠かせません。
また、買い手候補には旅館の情報を開示する必要がありますが、この段階で地域に売却の話が広まるのは避けたいものです。秘密保持契約(NDA)を締結したうえで情報を開示する段取りも重要になります。
Step 5. 条件を交渉する
買い手候補が見つかったら、売却条件の交渉に入ります。価格だけでなく、以下のような条件が交渉の対象になります。
- 従業員の雇用条件:給与水準、雇用期間の保証、調理場や仲居の配置など
- 温泉権利の引継方法:組合への返還・再取得が必要か、引継手数料の有無など
- 個人保証の解除タイミング:金融機関との調整が必要で、成約日と同時に外れるとは限りません
- 設備の修繕費用の負担割合:引渡し前に修繕するか、修繕費を売却価格から差し引くか
- 屋号・のれんの扱い:地域で親しまれた旅館名を引き継ぐかどうか
- 引継期間中のオーナーの関与:常連客への挨拶、取引先との関係引継、経営助言の期間など
- 地域・組合との関係:温泉組合の加入条件、地域の祭り・行事への参加慣習など
売り手にとって「従業員の雇用を守りたい」という想いは非常に強いものです。この条件を交渉の中にしっかり組み込むことが、安心して売却を進めるための鍵です。
温泉旅館の交渉は、金額だけで決まるものではありません。地域との関係や長年の常連客への配慮など、数字に表れない価値をどう引き継ぐかが重要な論点になります。
Step 6. 成約と引継支援
条件が合意に至れば、契約を締結し、事業の引継に入ります。
温泉旅館の引継は、鍵を渡して終わりではありません。許認可の名義変更、温泉権利の移転手続き、従業員への説明、取引先への挨拶、地域の関係者への報告など、やるべきことは多岐にわたります。特に温泉組合への届出や、保健所への旅館業営業許可の変更届は、漏れがあると営業停止につながりかねない重要な手続きです。
この段階でも専門家が伴走することで、売り手・買い手の双方が安心して新しいスタートを切れるようになります。
買い手が「安心して購入できる」と感じる状態とは
売却を成功させるために、売り手側で準備しておくと良いことがあります。それは、買い手が安心して購入の判断ができる状態を整えることです。
- 設備の配管図面がある(なければ再調査済みである)
- 設備のメンテナンス履歴がある
- いつ・どこを修繕すべきかの計画が立てられる
- 借入の状況が透明に開示されている
- 温泉権利の条件が整理されている
老朽化していること自体は悪いことではありません。いつ何を修繕しなければならないかが見通せる状態であれば、買い手は安心して投資判断ができます。
逆に言えば、「何がどうなっているかわからない」という状態が、買い手にとって最も大きなリスクです。
温泉旅館の売却で押さえておきたいポイント
- 温泉旅館の売却は、一般的なM&Aよりもはるかに複雑で費用もかかる
- 最大の壁は「借入の個人保証」と「債務超過」。ただし、専門家と整理すれば道が開けるケースがある
- 温泉権利・許認可・配管図面など、旅館ならではの論点を事前に整理することが成功の鍵
- 買い手が安心できる状態を整えることが、売却価格の向上にもつながる
- 「何を伝えればいいかわからない」という状態でも、まずは相談から始めて大丈夫
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この記事を書いた人
島田慶資(しまだ けいすけ)
ハンズバリュー株式会社 代表取締役。中小企業の経営コンサルティングを手がけ、温泉旅館のM&A・事業承継支援を専門とする。中小企業庁M&A支援機関登録、経済産業省経営革新等支援機関認定。東北地方の温泉旅館を中心に支援実績あり。
