「旅館を売ったら、借入は全部返せますか?」
温泉旅館の売却をご相談いただくとき、多くのオーナー様がまず聞かれることです。
正直に申し上げます。よほどのケースでない限り、退職金の代わりになるような価格で売れることはほとんどありません。厳しい話ですが、この現実を知ったうえで判断していただきたいのです。
この記事でわかること
- 温泉旅館の売却で「会社の価値がつかない」理由
- 会社として売る場合と、不動産として売る場合の違い
- 売却価格に影響する要素
- 温泉権利が価格に与える影響
- 「値段」よりも大切な判断軸
なぜ温泉旅館は「会社の価値がつかない」のか
一般的な中小企業のM&Aでは、会社の利益や将来性をもとに「この会社にはいくらの価値がある」という評価をします。しかし、温泉旅館の場合、この評価が極めて難しくなるケースが多いのです。
最大の理由は、債務超過です。債務超過とは、会社が持っている財産(土地・建物・預金など)を全て合わせても、借入金などの負債を返しきれない状態のことです。
新型コロナウイルス感染症の拡大による需要消失を受けて、多くの温泉旅館が債務超過に転落しました。借入に対して個人保証がついており、その借入の総額が旅館の評価額を大きく上回っている場合、会社としての評価額はゼロ、あるいはマイナスになってしまいます。
もちろん、黒字経営を続けていて内部留保がある旅館であれば、会社としての価値がつくこともあります。しかし、コロナ禍の傷がまだ癒えていない旅館が多いのが現状です。
「会社として売る」と「不動産として売る」の違い
温泉旅館の売却には、大きく分けて2つの方法があります。「旅館の経営権ごと買い手に渡す方法」と「建物と土地だけを不動産として売る方法」です。それぞれで価格の考え方が全く異なります。
会社として売る場合
会社ごと売却する場合は、プラスの要素とマイナスの要素を総合的に評価します。
プラスの要素
- 不動産(土地・建物)の価値
- リピーター客の数
- ブランド力・知名度
- 従業員の技術・経験
- 温泉の質・泉質
マイナスの要素
- 借入残高・個人保証
- 債務超過の状態
- 設備の老朽化・修繕費
- 未払い税金・社会保険
- 配管等の再調査費用
問題は、多くの温泉旅館でマイナスの要素がプラスの要素を上回ってしまうことです。リピーター客が多くても、長年の常連さんに支えられていても、債務超過であれば数字の上では相殺されてしまいます。
不動産として売る場合
一方、不動産として売却する場合は、不動産としての価値だけを純粋に評価します。借入や負債は切り離して考えるため、価値が出しやすいという特徴があります。
この場合は不動産会社との交渉になります。評価のポイントはさまざまですが、基本的には需要と供給のバランスで価格が決まります。
私たちの経験から
建物や設備は減価償却(年数が経つにつれて会計上の価値が下がっていく仕組み)が進んでいるため、評価額は低くなりがちです。実感としては「土地の値段+α」というのが温泉旅館の不動産評価の相場感です。さらに、修繕費を考慮して割引かれるケースもあります。
売り手が希望する価格と現実のギャップ
旅館の経営者様の多くは、個人保証のついた負債を全て払い切れるくらいの価格を希望されます。長年旅館を守ってきた方にとって、それは当然のお気持ちです。
しかし、残念ながら、その価格で売却できるケースは多くありません。
建物の減価償却が進み帳簿上の価値が低くなっていること、設備の修繕費が見込まれること、立地が山あいで買い手が限られることなどが重なり、希望価格と実際の売却可能価格には大きな開きが生じることがあります。
この現実を「最初に知る」か「交渉の終盤で知る」かで、売り手の心の準備は全く違います。私たちは最初の相談段階で、正直にお伝えするようにしています。
温泉権利が売却価格に与える影響
温泉旅館特有の問題として、温泉の権利があります。
山形県をはじめ、多くの温泉地では温泉の権利を温泉組合が保有・管理しています。旅館を辞めるときは、温泉の権利を一度組合に戻して廃業するというルールになっているところがあります。
さらに注意すべきは、一部の温泉地に残っている詳細な規約です。
私たちの経験から
山形県の一部の温泉地では、温泉の権利を維持するには、経営者がその温泉地のエリア内に住んでいることという規約が残っている場合があります。つまり、東京や大阪の企業が旅館を買い取ったとしても、経営者が現地に住んでいなければ温泉を使えなくなる可能性があるのです。温泉が使えない温泉旅館に買い手がつくはずもなく、この規約は売却価格に大きく影響します。
こうした規約は、経営者ご自身も詳しく把握されていないことが少なくありません。悪気があるわけではなく、長年の慣習の中で意識されていなかっただけです。
だからこそ、第三者を交えて温泉組合と話をする機会を設けることが安全だと考えています。権利関係を事前に整理しておくことで、買い手にとってのリスクが明確になり、結果として売却が進みやすくなります。
「値段」よりも大切な判断軸
ここまで読んで、「そんなに安いなら売る意味があるのか」と感じられたかもしれません。
しかし、温泉旅館の売却において本当に大切なのは、値段がつくかつかないかではありません。
- 周囲の温泉旅館や地域の方々に廃墟を残さない
- 地域にとっての迷惑施設にしない
- 温泉地の景観を汚さない
- 温泉旅館を未来に残していく
自分たちの代で本当にやめてしまっていいのか。それとも、誰かに引き継いで残していくべきなのか。
温泉旅館の売却を考えるとき、この問いに向き合うことが出発点になります。「いくらで売れるか」は大事な情報ですが、それは判断の全てではありません。
温泉旅館の売却相場で押さえておきたいポイント
- 債務超過の場合、会社としての評価額はゼロになることがある
- 不動産として売却する方が価値が出しやすい(「土地の値段+α」が相場感)
- 個人保証を全額返済できる価格での売却は難しいケースが多い
- 温泉権利の規約(居住要件など)は、買い手の範囲を大きく左右する
- 組合のルールは経営者自身も把握しきれていないことがある。第三者を交えた確認が重要
- 値段よりも「旅館を未来に残す」という判断軸が、売却を前に進める力になる
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この記事を書いた人
島田慶資(しまだ けいすけ)
ハンズバリュー株式会社 代表取締役。中小企業の経営コンサルティングを手がけ、温泉旅館のM&A・事業承継支援を専門とする。中小企業庁M&A支援機関登録、経済産業省経営革新等支援機関認定。東北地方の温泉旅館を中心に支援実績あり。
