会社の相続と3時のおやつ

明るくて元気な津名久ハナコだが、実は意外と慎重派である。
段取り8分をモットーとし、準備をきっちりと整えて臨むようにしている。
特に、食べることに関しては。
絶対に負けられない戦いがそこにある。


だから今も、15時のおやつタイムにむけて準備万端だ。
今日の主役に選んだ全粒粉入りのチョコビスケットは、封を切られるのを待つばかり。
カップには珈琲。デスクを汚さないように裏紙も準備。
「さあ、いつでも15時になりなさいな」
静かにその時を待つハナコ。


…14時56分にハンズバリュー株式会社の電話が鳴る。


「ハナコさーん、相談の電話が入りました。よろしくお願いします。」
「・・・」
ビスケットを悲しげに見つめるハナコを、営業サポート部のハルミさんは痛ましげに見やる。

だが、切り替えが早いのもハナコのいいところだ。
「お待たせしました!津名久ハナコと申します。経営コンサルタントです。村岡サトシさんですね。本日はどのようなご相談でしょうか?」
大丈夫、ビスケットは逃げはしない。そこで大人しく待っていなさい。

サトシ「はい、実は私、父親の内装工事業を手伝っていて、将来は跡を継ぐつもりなんですが、経営のことがよく分からなくて…」
ハナコ「承知いたしました。具体的に気になることはありますか?」
サトシ「父親が亡くなったら、私が代わって社⻑になればいいんでしょうか?」
ハナコ「会社は株式会社でしょうか?」
サトシ「そうです、株式会社です」
ハナコ「少し複雑な話になりますが、まず、社⻑が亡くなった場合、息子さんなどの跡継ぎが相続するのは社⻑の地位ではなく、社⻑が持っていた会社の株式になります」
サトシ「なるほど、社長という役職を相続するわけではないのですね」
ハナコ「そうです。株式会社の所有者は社⻑ではなく株主ですので、株主は会社に対して強い発言権を持っています。会社の重要事項は株主総会で決定しますので、誰を社長に選ぶかもそこで決まります」
サトシ「ちょっと待ってください。父は僕に跡を継がせると公言しているのですが…」
ハナコ「十分な数の株式を所有していなければ、いくら息子さんでもサトシさんが社長になれない可能性もあります」
サトシ「・・・」
ハナコ「サトシさん、株主としての発言力は所有している株式の数で決まるんです。だから、もし積極的に会社の経営に関与したいとか、オーナー経営者になりたいと思うなら、多くの株式を相続することを重視した対策が大切です」
サトシ「なるほど、持ち株が多いほど、会社の方向性にも影響を与えられるんですね」
ハナコ「そうです。一方で個人事業の場合は、相続に関しては一般的な扱いになります。事業に必要な不動産や設備などの財産も、すべて個人の財産として相続対象になるんです。遺言や生前贈与を準備しないと、相続人全員で話し合って遺産を分割することになるんですが、この時に事業に必要な財産が分散してしまうと、事業継続に支障が出ることもあります」
サトシ「それは大変ですね。個人事業を引き継ぐ予定の友だちがいるので、心配だなあ」
ハナコ「スムーズに事業を引き継ぐためには、事業に関連する財産を後継者がきちんと相続できるように、遺言や生前贈与などの対策を行うことが大切です」
サトシ「ありがとうございます、津名久さん。これからもっと経営について勉強して、父親の会社を継ぐ準備をしていきます」
ハナコ「お役に立ててうれしいです。また何か分からないことがあれば、いつでもご相談ください!」
サトシ「ありがとうございます。また、相談させてください」

相談が終わったハナコは、ウキウキとおやつに手を伸ばした。
⻑い相談で頭が疲れたので糖分を補給しなくっちゃ。
しかし、パソコンのそばに置いた全粒粉入りのチョコビスケットはドロドロに溶けてしまっていた。
「・・・」
肩を落とすハナコ。
今日のおやつは、冷めた珈琲とドロドロのチョコビスケット・・・。
しかしハナコは挫けない。もう一度おやつを準備するのだ!
負けられない戦いがそこにある。


今回の小説では、中小企業の事業承継について財産の相続、そして注意点などをお伝えしました。
ハナコはサトシの疑問に答えるかたちでアドバイスをしていましたが、実際に事業承継する場合は、複雑な手続きが必要です。
また、法的、税金的に正しく事業承継できたとしても、引き継いだビジネスが後継経営者によって適切に運営されなければ意味がありません。
理念やビジネスモデル、取引先や金融機関との関係についても事業承継が必要なことを忘れてはならない視点です。
我々は中小企業の伴走者として、各種専門家とともに事業承継をサポートさせていただきます。
お困りごとのある方は、是非ご相談ください!